甲子園の家

 阪神甲子園の北部、昭和の初めに開発された住宅地。当初の邸宅や企業の社宅、その間を埋めるように小規模な宅地割りの住宅が町並を形成していった。
 震災後は戸建のメーカー住宅による建て替えと、邸宅地や社宅が中層の分譲マンションに建て変わる状況が顕著で、ややいびつな街並みの景観となっている。
 敷地は北側約8m、東側6mの道路に接道した角地である。土地面積は30数坪と狭く、南側隣地及び道路を挟んだ北側にはマンションが建っている。

甲子園の家1

 狭い敷地だが建物のまわりにオープンな植栽のスペースを確保したい。
 南北がマンションに向いあっているが、単純に壁で閉ざすのではなく、さりげなく、 プライバシーを保ちつつ採光と換気のための窓がほしい。
 いわゆる新建材は嫌いなので一切使用しないでほしい。
 人の手の痕跡が見て取れるような素材で簡素な住まいとしたい。

 有効な緑地スペースとは、近隣や歩行者に潤いを与え、住まい手に慈しみの気持ちをもたらす。 いわば緩衝地として穏やかに内部と外部の気配が行き来する場である。
 既存の植栽が南側に残っており、この部分を東側道路まで延長し、 玄関アプローチと兼用した一群の緑地スペースとする。そして木の角柱を列柱状に立て、 アプローチと内庭の領域をさりげなく分ける。
 東側道路に沿っての植栽スペースに面して、玄関をスリガラスで囲む。 樹形のシルエットが部屋内に、部屋の気配が屋外に透過する。
 構造は、1階がRC造、2、3階が木造の典型的な混構造である。内外とも素材がそのまま仕上となるものを選ぶ。 内部構成は、玄関土間が奥へ延び、居間の一部として溶けこむ。
 居間 ― 家族の集う場。食べたり憩う場 ― がこの家の中心に据わり、 吹抜を介して2階、3階との光と空気を行き来させる。
 階段や廊下の移動の空間は、居間を巡るように配置する。 居間の一部となり個の領域へと延びていく。この移動の空間がこの家の一体感を演出する。

 夏場の居間は風が通り、天井も高く快適である。冬は井戸の底のように寒く暖房の効率も悪い。 対応の仕方は幾つかあるが、素材に囲われ、ボリュウム豊かで変化に富んだ空間は寒さを越えて魅力的らしく、 住人は特別な寒さ対策をしない。
 快適さとは何かを問うているような家である。

2013.06.03